ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ 組織で探す 社会教育課 ヨシヒコの江津まち歩きツアー 跡市町~清見町(令和8年3月31日)

本文

ヨシヒコの江津まち歩きツアー 跡市町~清見町(令和8年3月31日)

掲載日:2026年4月1日更新
<外部リンク>

「まち歩きマップ」作成までの取り組みを紹介します。

ヨシヒコの江津まち歩きツアー 跡市町~清見町

ヨシヒコは悩んでいた。
ポリープ手術をした時に、お医者さんから「健康のために1日1万歩を歩きなさい」と言われ、4年が経過したが、最近はちょっと遠慮がちで身体がポテっとしてきた。

このままでは、じゃがいも体型になるかもしれない。でも、ユルさも必要!

ということで、今回は跡市町から清見町まで歩いて、自分をアゲていこうと思います。

目指せ、1万歩のまち歩き!

スタート

スタート地点は、跡市町の生畑(おおりばた)という地区の「一里塚趾」です。一里塚とは江戸時代に幕府が全国の主要街道に約1里(約3.9km)ごとに築いた、旅の距離の目安となる土の山、だそうです。
この一里塚は、浜田と広島の三次を結ぶ浜田三次往還道に設置されたものです。

スタート地点

 

跡市町の町なみ

まずは一里塚から県道跡市波子停車場線に出て、東へ進みます。

旧跡市中学校

旧跡市中学校

跡市のまちなみと旧跡市中学校を見下ろす場所に出ました。旧中学校付近は江戸時代に跡市代官所の牢があったとされる場所です。近くには慰霊のための地蔵堂もあります。

跡市町の芋代官碑

芋代官碑

少し進むと芋代官碑があります。この石碑は、「泰雲院」と大きく刻まれています。​

お地蔵様のみちしるべ

都野津往還道の交差点

芋代官碑の横に並んで地蔵があり、この地蔵には「右つのづ、左はまだ ありふく」と書かれています。この地蔵はもともともう少し東側に設置されていたようです。その場所は都野津村に抜ける都野津往還道があり、浜田三次往還道の分かれ目にみちしるべとしてお地蔵さんがありました。

西町

西町

跡市町の街なかの通りに出ました。跡市のまちは東町と西町に分かれていて、こちらは西町になります。西町と東町の間に県道皆井田江津線が縦断していますが、こちらの道沿いは「横町」と呼ばれているようです。

西町2

 

西町北側の神社仏閣

跡市八幡宮

西町の北側に跡市八幡宮があります。八幡宮は建久2年(1191)に鎌倉八幡宮から分霊を勧請したと伝わっています。

西楽寺

八幡宮の横に西楽寺があります。慶長2年(1597)の開創で、元禄15年(1702)に現在の場所に再興されたそうです。

横町

横町

西町を抜けると東町との間に横町があります。横町の後ろの山が阿刀城跡になります。

旧跡市小学校

横町を北へ少し歩くと旧跡市小学校があります。

廃校時に、ももクロが来たことが話題になりました。ここはオーバーツーリズムは無関係なので、ももクロファンの方はぜひ聖地巡礼で訪れてほしい。

清見町を目指す

ここからは県道皆井田江津線をひたすら南下し、清見町を目指します。

跡市組割元庄屋澤津家

西方寺橋

県道皆井田江津線をから西方寺橋を越えて左に曲がり、

澤津家跡

市道沢津線を進むと、江戸時代の跡市組三十六ヶ村割元庄屋の澤津家跡地があります。

東町

東町

澤津家から引き返し、西方寺橋から来た道を戻り、県道皆井田江津線に出ると東町に入ります。

県道皆井田江津線をひたすら歩く

県道皆井田江津線

ここからはずっと県道皆井田江津線を歩きます。勇者ではないので一緒に歩いてくれる仲間はいません。

県道皆井田江津線2

最近、管理職の上司たちだけが「ギャル式ブレスト」の研修を受けていました。ギャルのマインドを業務に取り入れ新たな視点で発想を変えてみよう、という取り組みだったようですが、上司たちが研修から戻っても、どの部署もその研修が活かされている気配がなく、日常業務は何も変わっていません。
研修で学んだギャルマインドをもっと職場に落とし込んでほしい。上司と敬語を使わずにコミュニケーションが取れたら、新たな発想が生まれるかもしれない…。
せめて、あだ名で呼び合いたい。そうなれば、私は「よしぽて」と呼んでほしい。そして、セイイチという名前の上司を「せいめろ」と呼びたい。さらに、ぎっくり腰になった同僚を「もっくり」とも呼びたい。

清見町

蛇山滝

県道皆井田江津線をひたすら歩いた先に蛇山滝があります。

蛇山滝1

この先に郡界橋があり、ここが跡市町と清見町の境付近です。時代によっては那賀郡と邑智郡の境界になった場所のため、郡界と呼ばれています。

蛇山滝2

地元の人の話しだと「冬は郡界橋を越えると雪が多く積もり景色が違う」そうです。

清見町の芋代官碑

さらに県道皆井田江津線を歩くと清見町の街なかに出ます。

芋代官碑ひき画角

そこには清見町の町民が建立した芋代官碑があります。

清見町の芋代官碑

この石碑は「泰雲院殿義岳良忠居士(たいうんいんでんぎがくりょうちゅうこじ)」と書かれています。

清見銅山跡地

芋代官碑があった付近から、市道山中川平停車場線に入ります。

山の方向へ向かって歩いていくと、清見銅山跡がありました。

清見銅山跡地

この銅山はもう一つの有名な清見鉱山とは違います。鉱山より手前にあります。

ゴール

さらに市道山中川平停車場線に進むと、今回のゴールの大元神社に到着しました!

大元神社

この大元神社は大元神楽が文化財の指定を受けていない頃に盛んに神楽が行われていた場所の1つです。

神社自体は明治時代に井沢町の八幡宮に合祀されましたが、他の合祀された旧長谷村の神社と同様に地域の人の拠点神社として残っています。

大元神社の力石

各地域ごとに伝わっている力石も残っていました。

今回の歩数は約7,000歩でした。目指せ!10,000歩のまち歩き!​

最後に、ギャルマインドとして、自分の好きを貫こうと思います。これからも、まち歩きはゆるく貫きます!

ウォーキングマップ

過去のまち歩きツアー

潮かきができるか調べてみた(桜江町長谷山中地区)

江津町のまち歩きツアー(土床坂)

桜江町市山・今田・小田のまち歩きツアー

渡津町のまち歩きツアー

波子町のまち歩きツアー

嘉久志町のまち歩きツアー

和木町のまち歩きツアー

本明山の山歩きツアー

黒松町のまち歩きツアー

金田町大野の芋代官碑捜索ツアー

ヒコ麻呂の万葉二宮町ツアー

桜江町川戸のまち歩きツアー

桜江町長谷のまち歩きツアー

千田町つづやぶ古墳やま歩きツアー

桜江町川越のまち歩きツアー

浅利町のまち歩きツアー

七田眞コレクション展のまち歩きツアー

江津市文化祭を歩くツアー

都野津町のまち歩きツアー