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万葉の歌碑めぐり

掲載日:2020年8月17日更新
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江津と柿本人麻呂と依羅娘子(よさみのおとめ)

江津の万葉は、人麻呂の歌の歌枕と、その妻依羅娘子の出生伝説、さらに万葉の古道を持つところに特色があります。

歌枕は、人麻呂が石見にあって妻に別れる歌と、石見にあって死に臨んで詠んだ歌があります。
これらの歌は、万葉集中の秀歌として、また、人麻呂の代表的な歌として古くから知られています。

人麻呂は晩年に石見の国の国司として赴任し、角の里の依羅娘子と巡り会います。
姫は都野津町の医師井上道益の娘といわれ、この姫の歌は人麻呂の歌と共に万葉集巻2の相聞の部と、挽歌の部に載せられています。

江津に関係のある万葉の歌はこの両人の相聞歌であり、また、挽歌でもあります。
それは相聞歌として、人麻呂が石見の国より妻に別れて上京する時の歌、依羅娘子のそれに答える歌があり、挽歌として人麻呂が石見の国に在って死に臨んで詠んだ歌、依羅娘子が彼の死を悼んで詠んだ歌の3首があります。
即ち石見にあっての歌は総歌数13首、これが江津の万葉の対象となります。

人麻呂 銅像 画像

よさみ姫 銅像 写真

万葉の歌碑めぐり

江津市には万葉の歌碑が6カ所あります。
これは全国にも例を見ないものです。

ここでは、6カ所の歌碑を紹介します。
リンクをクリックすると、それぞれのページへ移動します。

  1. 人丸神社の歌碑
  2. 高角山公園展望台の歌碑
  3. 柿本神社の歌碑
  4. 君寺の歌碑
  5. 辛の崎の歌碑
  6. 二宮地域コミュニティ交流センターの歌碑

人麻呂終焉の歌

鴨山の 岩根し枕ける われをかも 知らにと妹が 待ちつつあらむ

意訳

鴨山の岩根を枕にして死のうとしているわたくしを、それとは知らずに、妻はわたくしの帰りを待っていることであろうか。

人麻呂の最大の謎は終焉の地が何処か

「柿本人麻呂、石見の國にありて臨死らむとする時、自ら傷みて作る歌一首」として有名な「鴨山の…」がありますが、この歌に詠まれている「鴨山」が石見のどこかが不明で、現在にいたるまで邑智郡美郷町説、益田市説、浜田市説などいろいろあります。
もちろん江津市二宮町説もあります。

依羅娘子の「直の逢ひは逢ひかつましじ…」の歌の中の「石川」も同様に不明です。

鴨山と石川を求めて多くの人々が探求を続けてきました。

この人麻呂の歌の世界を愛するかぎり、終焉の地の探求はさらに続くことでしょう。