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ヨシヒコの江津まち歩きツアー 嘉久志町(令和4年8月31日)
「まち歩きマップ」作成までの取り組みを紹介します。
ヨシヒコのまち歩きツアー 嘉久志町
何もかもが新しくなったシン・ゴウツシでのまち歩きを市民の皆さんに伝えたい。
今回は夏の終わりに嘉久志町でまち歩きマップを作って、市民の皆さんに、文化財や道路の名前、観光地などを知ってもらおう!
目指せ1万歩のまち歩き!
スタート
出発は江津市役所本庁舎です。新しくなったシン・ゴウツシチョウシャから始まります。
今回は、インターンシップで就業体験中の大学生と一緒にまちを歩きます。
右手を5、左手を2のポーズでカメラの前にして元気良く映るのが『江津スタイル』です。
写真撮るときだけマスクを外した横に『マスクの着用』のメッセージには、もう何も言えない…。
隣は江津警察署
スタートからすぐに江津警察署があります。平成25年に竣工しました。まだ新しいのでシン・ゴウツケイサツショです。
この周辺はシビックセンターゾーンと呼ばれる地域で、戦時中は大阪造幣局の工場などがありました。
市道シビックセンター線
市道シビックセンター線を西へ進み、突き当りを右折して海の方向へ歩きます。
ここらへんからは江の川祭の花火がよく見えます。今年は天候不良で無くなったけど、花火は何年経っても思い出してしまうな。ないかな、ないよな。
蛭子北区画整理事業
市道シビックセンター線を突き当り、市道江津敬川海岸線を西側歩くと、左側に蛭子北区画整理事業地があります。
市道江津敬川海岸線は通称『産業道路』という名前で市民の皆さんから愛されています。
台場跡
市道江津敬川海岸線から海の方に星島ニュータウンという住宅地が造成されています。その住宅地の一番海側付近は、江戸時代の浜田藩の台場跡があった場所です。ここは江津のお台場です。
大学生のちょっとずつ変わっているみんなのポーズにも注目してみてください。
清水巌の墓地
市道江津敬川海岸線に戻り西側へ進むと、海側に墓地があります。
墓地の中には清水巌のお墓もあります。
清水巌は江戸時代中期~後期に3代続いた石見根付の根付師の名前で、初代は『富春』、二代目『文章』、三代目『巌水』で、日本よりも世界で広く知れ渡っています。
石見焼の生産所
また、市道江津敬川海岸線を西に進むと、石見焼を生産する工場があります。石見焼は焼き物の町の江津に欠かせない特産品です。
ここで作られる『すり鉢』や『おろし皿』は、人気の石見焼で、お土産にもおすすめです。
市道新川線
市道江津敬川海岸線を新川まで来たので、新川沿いを山側へ移動します。
この道は市道新川線です。この川はシン・カワです。
国道9号
新川を進み国道9号に出て、左折して東側に戻ります。
この日は太陽が雲に隠れてて、地味に暑かったです。
コミセンに寄り道
国道9号から市道中祖線に入り、まっすぐ進むと右に嘉久志地域コミュニティ交流センターがあります。
嘉久志地域コミュニティ交流センター内でセンター長の堤さんから嘉久志町のキャラクターを紹介してもらいました。
嘉久志町キャラクター
かくれいわおくん
『かくれいわおくん』は嘉久志町にある『かくれ岩』をモチーフにしたキャラクターで、江津警察署の似顔絵捜査官が作ったキャラクターだそうです。
『シン・ヨシヒコ』としてキャラクター化してほしいです。犯人にされそうだけど。
こもれびくんとほのかちゃん
「こもれびくん」(右)と「ほのかちゃん」(左)は、嘉久志町のシンボルとなっているひまわりの花をモチーフにしたキャラクターで嘉久志町在住の人が作られたペアのキャラクターです。
地域に愛されるキャラクターを作るのは、とても良い取り組みです。
岩根神社
嘉久志地域コミュニティ交流センターを出て南側へ進むと、岩根神社があります。
岩根神社は昭和11年に正遷宮をして現在の位置にあります。創建時は『十羅刹女大明神』(じゅうらさつめだいみょうじん)と呼ばれいていたことがわかっています。
神社敷地内には灯篭や狛犬があり、狛犬は大きな玉に乗っていてちょっとかわいい狛犬です。
井戸平左衛門の碑
岩根神社参道付近には、『嘉恵碑』があります。
これは井戸平左衛門の碑で、台座に『中村』と書いてあり、中村さんが建てたものと思われがちですが、右から『村中』と読み、村中のみんなで建立したことを表しています。
嘉久志の皆さんは昔から仲が良かったんですね。
岩根神社鳥居
岩根神社鳥居まで来ました。
この参道は昭和11年の正遷宮時に参道になりました。シン・サンドウです。
新参道の鳥居は、明神鳥居型で高さ5.4メートル、幅4.5メートルの御影石製、昭和11年建立です。
かくれ岩
岩根神社付近から市道宮の下線を南側に進むと、民家の間にかくれ岩があります。
かくれ岩は嘉久志町の地名の由来にもなっていて「田心姫を隠した伝説」があり、岩根神社の祭神の田霧姫命とも関わりがあるといわれています。
じばさん
かくれ岩から市道宮の前線、市道中祖線、県道江津インター線を通り、江津市地場産業振興センターに到着しました。
ここは、みんなから『じばさん』または『じばさんセンター』と呼ばれています。
1階には江津市の特産品などが展示販売されています。
5年前には『かねやん』がここで講演をしました。もう今は見ることができません(涙)。
じばさんは数年前から江津市地場産業センターになりました。シン・ジバサンです。
パンケーキを食べれるカフェもあります。
清源庵跡
じばさんセンターから江津中央公園内に入り、上井蔵遺跡(遺跡番号D302)付近をUターンして、市道分田谷(わけただに)線を海側方面へ歩くと左側に清水巌の住んでいた家の跡があります。
清水巌が作った石見根付は江戸時代中期から後期に作られた根付のことを言います。
清水巌だけではなく、当時作られた根付の中でも清水巌に影響をうけたものを、後になって世界的に石見スタイルとして分類したことから『石見根付』と呼ばれるようになりました。
写真や映像が無い時代に精緻に作られた石見根付は、現代では技術を復元することはできません。そのため石見根付は世界的に貴重なものとなっています。
市道分田谷線
市道分田谷線を海の方へ歩きます。
若者の歩く後ろ姿って、青春に見える。青春は密だし。うらやましいです。
いつだって仲間がそばにいてくれる
市道分田谷線を進むと、江津道路の江津インター付近まで歩くと、江津市教育委員会が設置した三角塔がありました。
「いつだって仲間がそばにいてくれる」と集合写真って何かそれっぽいです。同じ20代だし。
何年経っても思い出してしまうな。ないかな、ないよな。
県道江津インター線
県道江津インター線を海の方へ進みます。ゴールはもうすぐなので、進むスピードも少し早くなります。
市道星島線
県道江津インター線から国道9号を通り、市道星島線まで戻りました。
この後、まだ仕事の予定が入っているので、大変ですが、がんばります。ちなみに、このまち歩きの前は児童クラブにモルックをしに行きました。しんどい。
ゴール
ゴール。毎回同じ感想ですが、スタートした時の写真と似ているのは偶然です。少しやせたと思うので、シン・ヨシヒコになりました。
今回は地味に暑かったです。仲間がいたため、約9,000歩ほど歩きましたが、疲れはありませんでした。
インターンシップの大学生は、今日が最終日だったので、次の日からまた大学に戻ります。将来は、江津市のために何かしていただけることを願ってます。流れ星に。
目指せ1万歩!
街歩きマップ(嘉久志町 約9,000歩)