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遺跡発掘「岩瀧寺跡」調査情報2(平成30年8月1日)
遺跡「岩瀧寺跡」発掘調査情報(H30.8.1)
発掘調査が始まってから1ヵ月以上が経ちました。
記録的な猛暑の影響で発掘調査もなかなか前に進みません。
トレンチ
遺跡全体のどこをどのように調査するのかを決めるために一部分の溝を掘って調査します。その溝のことをトレンチといいます。この一帯は過去に数回盛り土をした形跡があるので、最後の盛り土前の基盤(古い整地面)まで掘り下げます。
A区のこのトレンチからは、文政2年(1819年)建立の岩瀧寺本堂の基壇(建物を支える土壇)が古い整地面の上に築かれていることがわかりました。
トレンチから焼け跡
このトレンチでは、古い整地面でちょっと土の色が違っていました。黒くなっているため、焼け跡と考えています。本堂が建つ前の別の建物の焼け跡ではないかと憶測できますが、今後調査していきます。
古い時代の造成跡
トレンチを古い整地面よりさらに深く掘り下げたところ、大きな石がゴロゴロでてきました。土地を造成した時に使われたものだと思われます。
古い整地面よりもさらに古い造成の跡になります。
この石は、北側の傾斜面の岩山と一緒の種類なので、そこから掘削して盛られたものと思われます。
この北側の斜面は掘削した跡があり人工的に切り立っています。採掘された石のかけらも残っています。
B区の発掘調査
B区はA区よりも高いところにあり、近年は建物が建っていた形跡がありませんでしたが、A区と権現堂(C区)を結ぶ広く平坦な場所であることから、調査を行っています。
B区のトレンチを掘っている途中です。
表土より少し下の層は、柔らかく、自然に堆積した土地ではない可能性がでてきました。
調査員メモ
今後は焼け跡を中心に表土を掘る作業にかかります。