本文
「自分を眺める」
猛暑の2学期のはじめ、全力で体育祭を成功に導き、朝夕が涼しく、秋の気配が感じられるようになりましたが、職場体験、修学旅行と大きな行事を体験し、たくさんのことを学んできました。
また、部活動においても、市の新人戦はなくなったものの新人チームでの活動を通して、目標を見つけ、課題の克服のためにしっかり取り組んでいることと思います。
目的を見つけ目標を立てて、取り組んではみたものの上手くいかないことや気付けていないことがあるかもしれません。
ここで一旦、立ち止まって、自分を見つめてみてはいかがでしょうか?
PHPという月刊雑誌に掲載されている中に「自分を眺める」というお話があったので紹介します。
ある日、荘子が道を歩いていると、沢の中に一羽の鷺が何かを狙って立っている。捕らえようと近寄ったが、鷺は逃げようとしない。見ると鷺は一匹の蛙を食おうと窺(うかが)うのに夢中で、自分の気配に気付かないらしい。一方、ねらわれている蛙もまた逃げる気配がない。実は、蛙は蛙で眼前の一匹の羽虫を食べようとして、自分をねらう鷺の存在に気付いていなかった。その状況を察した途端、荘子は恐怖を感じて、杖を投げ捨て逃げ出したという。
その理由はなぜか。
鷺も蛙も他を害することに捉(とら)われ、己を害そうとする存在に気付かない。待てよ。自分も今、鷺をねらおうとしているが、同様にもっと強力な誰かが自分を殺そうとしているかもしれない、と自らの危険を悟ったからである。
人は、常に自分なりの道理で行動する。それは自然なことである。ただ、より広い視野で自分の行いを眺められれば、自分とは違った道理も見え、より思慮深くなれるのではないだろうか。成長のために、他人の目線で自分を眺める修養を心がけたいものである。
出典 PHP8月号
自分がこうしたい、こうあるべきだ、と思えば思うほど、上手くいかなくなること、上手くいっていないのにそれに気付けていないことが自分自身もよくあります。
そんな時は、広い視野で自分を眺めてみてはいかがでしょうか。