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再興第103回院展ギャラリートーク

掲載日:2019年4月5日更新
<外部リンク>

院展でのギャラリートーク

4月5日から4月21日まで行われている「再興第103回院展」で、4月5日に11人の作家さんによるギャラリートークが行われました。

江津市教育委員会では市内の小中学生の芸術文化力の向上や市民の文化芸術の生涯学習振興のため、院展に関する取り組みを行っています。
院展をより深く見てもらえるように、それぞれの作家さんたちの絵画への思いが詰まったギャラリートークの内容を紹介します。

絵画の前でスマホやタブレットでこのギャラリートークを見ながら観覧することもできます。
ぜひギャラリートークと一緒に院展の絵画もお楽しみください。

小中学生、学生、18歳未満は入場無料です。

展示場所1階

犀の角の如く独りゆけ 西田俊英さん

この犀(さい)は釈迦の言葉で「犀の角の如くただ歩め」という、釈迦が弟子に向かって言った言葉で、インドで生まれた言葉です。

当時は犀のように迷わず前に進みながら、規律を守るというのは大変苦しかった。だから、並大抵のことはできない。
その言葉に僕は絵描きとしても、こういう気持ちを持ちたいなと。
でも本当に僕は弱いものですから、この犀をずっと前から書きたいと5、6年前から、広島の安佐動物園をはじめいろいろな動物園に行きました。

犀の角の如く独りゆけ

犀の絵は大体が平原の上にスクッと凛として立っている絵が多くあって、そういうのでは、傑作があるんですが、それを僕が同じように描いても大体似た絵になってしまうので、描いて水浴びをするというか、水の中にいるんですね、動物園の場合も、それが水浴び中にそうっとこう体を沈めていったときに、これは僕の絵が描けるかなと思って、構図がやっと決まってきたのが、半身を足の方が水の中に隠れて、少しずつだけれども、前に進んでいくという気持ちを持つように描いたカタチです。

この絵を実際皆さんに手で触っていただきたいぐらいなんですが、非常にゴツゴツしています。
重さみたいなのを表現できないと、実際こちらの犀の角の如くただ独りゆけという言葉もなんか薄っぺらく、ひょっとしたら感じるんじゃないかと思ったのでかなり大変でした。
下には群青の岩絵具で蚊取り線香の渦巻きのような形でひとつひとつのこんな小さなやつもぐるぐるぐるぐるこう犀の鎧の実際の皮のところ表面を見ると、何かこう渦巻き状の波がぐーっと繋がっている感じに見えるものですから、四角い少し丸って言えば、四角い形の群青でこうそれから、こう徐々にこういうものので、たぶん100年200年経った後は、ブルーの青の犀が表面の色がちょっと落ちることができたら、ブルーの犀が中から出てくるのかなと思います。
今も自分で、久しぶりに触ってみて、重量感は出せたのかなと思っています。

僕は宮廻先生と違って割と人を引っ張っていくとか、よし俺についてこいというタイプでは全くなくて、割と孤独が好きで、自分ひとりが静かにいたい方なんですが、でもやっぱり僕なりにも、前進したいというか一歩でもいいから目立たないようだけど、一歩でも半歩でも進みたいという気持ちを込めながら描いた作品です。
角のところに僕自身にはこれほどの誠実さは無いんですが、この角の如く絶対引かないぞというような思いを持って描いた作品です。

自分に少しないものをそれを勇気を持って描かさせてもらえる、自分の人間の中にないものを絵の中に表現できるところが、絵の面白さかなと思ったりしながらこれはあの、自分自身に奮い立つような勇気を出しながら描いた作品です。

行雲龍水 宮廻正明さん

これ、出雲大社なんです。
実は足立美術館がもうすぐ50周年なので、その時に出雲大社を描いてくれって言われてて、私が勘違いして、2年フライングして今年描いてしまいました。
これ本当は2年後に描く再来年描くつもりだったんですけど、先に出てしまいましたのでその次描くときは、今度出雲大社を作っているところでも描こうかなと思ってる。
もともと50メートの高さがあった出雲大社ってことで、あそこには出雲大社の模型があるんですが、いろんな取材をしながら描いてきました。

行雲龍水 宮廻正明さん

出雲大社が50メートルの高さの建設ができたっていう一つの理由は、中国地方である鉄の文化だと思います。
タタラとかそういうので、鉄をとって玉鋼とケラにする。で、なぜこれが50メートル建ったかというとこの柱が三本の木を寄せてそれを縛る鉄があったから。で、一本の木で50メートルは建たないんですけども、三本の木を寄せることによって遊びができて、地震にも強くて、それを強く縛る鉄があった。
そしてもう一つは外側に塗って赤い塗料がこれがベンガラといってこれも鉄でできています。そういう意味では鉄の文化こそが出雲大社、出雲が栄えた大きな理由であり、また、出雲大社の50メートルの大きなお社が建ったひとつの大きな根拠だと私が勝手に考えております。

それで今、大学の方でも鉄とバクテリアの関係を研究してて、当時のたたらを再現したいと思って、出雲大社の絵に描きました。

むこうに日本海がちょろっと見えるんですけども、実際には日本海は見えません。
それからもう一つは屋根の階段の上に屋根をつけました。
出雲大社の模型には、屋根はありません。実は屋根がないと50メートルの高さを登っていくのはとてもじゃないけど怖くて登れないということで、一つの空間を作って、そこの中から登っていける。
ってこれは独自の考え方で本物がどうなっているか全く資料がないので自由にできるっていう絵描きの特権を使って描いています。

一つ一つ描いて、ここに川が流れて川があってそこに人が200人くらい描いてあります。
小ちゃい人がお社に向かうように描いてあります。

絵というのは一つの実際を描くのと、もう一つは実際にないものを描いていくというのが、絵としては一番楽しことですので、そういうところを皆さんに見て色々考えて皆さんから意見がいただければと思っています。

芥子花 松村公嗣さん

この作品なんですけども、これは皆さんご存知と思うんですけど、見慣れない植物で劇薬猛毒のヘロインとかを作る植物、芥子(けし)ですね。これも、筑波の薬用研究所に行って取材したんですけど、すでに5、6年前のことです。

この作品は実は去年の院展に出品したんでけども、描き始めたのが今から25年前。つまりが私71歳だから45歳くらいの時、一度書いたのかな、東京の個展に出して、そして会場で見てるときに何か物足りないっていうか、展覧会回って持ち帰って手を入れて、ゴソゴソと上の三分の一を全部消して、直したんです。
そして、そのあと50何歳だか忘れましたが、もう一度ある個展に出したんです。描き直したやつをね。

でも、会場で見てるとまだ気にくわないので、また持ち帰って、手を入れて、しばらく置いといたんですけど、まだ院展には出してないし、もう1回ぐらい描けるんじゃないかとしつこく、三度目の正直で昨年最終的にもう手を入れることはないだろうと思って院展に出したんです。

この花を3回も4回も描き直したですが、下のこの辺はあまり変わってません。
日本画っていうのは、水性の水溶性ですので、立てて描いていると僕の場合、絵の具がどんどん流れてしまいますので、地べたで下に置いてその上に乗っかって面倒くさい作業があります。
当時は45歳ですから平気でそういうことやれたんですけども、この辺の葉っぱの葉脈っていうか、絵の具を溜めてね、そういう仕事が20年30年前は平気で出来てたんですけど、最近は大変な作業だなと思ってます。

芥子花 松村公嗣さん

芥子の花は片方では劇薬なんですけども、使い方次第では薬のうちで、研究所の所長さんにこういうところで大量に作って、そういうものをたくさん作ってどうするのかなと聞いたら、これはもうほとんど製薬会社に売るそうです。
製薬会社って我々も知っている風邪薬とか本当に微量にちょびっと入っているらしいんです。
ほんの微量入ってて、咳が夜中入ってくると、その、商品名忘れましたけど、ぴたっと止まるんですよね、ある意味では怖い薬なんですけども、そういうものに利用されているということです。

余計なことばっかりですけども。この花は非常に生命力が強いと言いますが、ピッと刈り取ってそのまま置いとくと風で花粉が飛んで行ってあっという間に芽が出しちゃうんです。
かなり生命力が強くて煮ても焼いてもどうしようもないという生命力がある植物ですね。すぐ頒布して世の中芥子だらけじゃないですけどね。そういうことになったら大変なことになるんですけど。いろんな意味で禁止されてますけども。そういう植物でじっと見てると怪しい雰囲気が出てるかなということで自分が勝手に思ってるんです。
 

 

 

展示場所2階

虚空 藁谷実さん

こちらの作品なんですが、このモチーフは、イタリアのサンガルガーノ修道院という建物です。
トスカーナ地方最古のゴシック建築と言われています。
13世紀に70年かけて作られた建築ということで修道院としての役目を終えたあと放置されて、廃墟になっておりまして、それが20世紀になって結局建造物を保存しようという声が上がりまして補修をされています。
その時に元に戻すのではなくて、壊れた屋根とかガラスとかそういったものは、直さずに現状維持のまま補強するという形で直されています。
そのために屋根もなく窓ガラスもないので、空の空間がとても印象的に見える、修道院という役目がない建造物としての意外性のある美しさを感じて描きました。

虚空 藁谷実さん

この建物は、ロシアの映画監督でアンドレイ・タルコフスキーという人がいるんですが、その作品でノスタルジアという作品があります。
そのラストシーンで印象的なシーンに登場してくる建物であります。
出会った時に、あ、ここだっていうのか、感動したのを覚えております。タイトルは虚空というふうにしまして、そんな空間の見える建物というものを描きたいと思いました。

ほろ宵 中村譲さん

この作品はですね、尾道市にある千光寺の桜なんですけども、広島県内でも桜の名所としてはすごく有名なところなんですけども、行かれたことがある方も結構いらっしゃるかもしれませんけども、山の中腹から山の一番上の展望台の方まで続く山道あるんですけども、道沿いに桜が咲いてる訳です。
それが、ライトアップされてまして夕方の桜の道が斜めに上がっていくのがすごくよくて絵に描いた訳なんですけども、露店なんかも出てきて、尾道の市をあげてこれから暖かくなって、みなと祭とか灯りまつりとかいろいろな祭が行われるような、一番最初の段階のライトアップの行事といいますかね、そういったようなところを描きたくて描きました。

ほろ宵 中村譲さん

題名なんですけども、ほろ宵って、この頃お花見でそろそろお酒がまわってほろ酔いになるのと春の宵と「よい」をかけたんですけども、題名を決める時にいつもこれだっていう題名が決まる時もあるんでけども、なかなか決まらない時も多くて、今回は遊んでみたっていうような題名です。

月ノ雫 染谷香理さん

この作品は、8年前の東日本大震災の時にあった関東の計画停電の時の経験をもとにして計画したものです。
震災の時に福島で原発の事故がありまして、関東では電気か本当に不足したんです。
その時に東京で停電すると都市機能が麻痺してしまいますので、私の住んでいる埼玉とかそういった郊外の方で計画的に時間をみて停電っていうのを行なっていました。
その計画停電っていうのが私のたまたま住んでいた地区っていうのが一番多かったんですけども、夜の時間帯にも停電が行われていまして、停電になるともちろん電気もつけられないですし、真っ暗になるなっていうのを覚悟していたんですね。

私の生まれたところが島根県の西の柿木村というところで生まれまして、その頃夏祭りとか行った夜の帰り道っていうのが、外灯が全くないので、道と田んぼの境目がもうわからなくなるくらい真っ暗になったっていう経験があったんで、もうあんな真っ暗な夜がまた来ちゃうんだなって思っていたんですけども、ちょうどその日が満月だったようですごく月の灯りがきれいだったんですね。
それで、やっぱり何かを失わないと人っていうのは今ある大切なものになかなか気がつかないのかなっていうことをすごくその時に実感してその時の月灯りのきれいなイメージを紫陽花のブルーと合わせて表現したのがこの作品です。

月ノ雫 染谷香理さん

この作品を夏休みに大学にあるアトリエで描いていたんですけど、その作品を描いてる時に芸大に雷が落ちまして、また停電になってしまったんですね。ちょうど搬入前の二日間真っ暗になってしまったので、あらためてまた、電気や日頃当たり前にあるものの大切さというものを実感させられた作品がこちらになります。

暮秋 土居三曜子さん

私は今まで岡山県の備中松山城の城郭を何度か描いておりましたけれども、こちらは九州に飛びまして熊本県にあります佐敷城っていうところの石段を描きました。

暮秋 土居三曜子さん

こちらは、加藤清正が居城したとされ、お城は残ってなかったんですが、急なこういう石段あり、狭い場所でしたか、非常になんか、あ、こういう城を作ったんだっていう想像をさせるものでした。この石段を登っていくと一年に一度能を奉納されるということで、是非ここを描きたいなと思って、想像しながら描いてみました。

風韻 廣藤良樹さん

これは、取材したのは尾道市の生口島ていうところですね、平山郁夫先生のお生まれになった場所です。先生の美術館だったり島の雰囲気がとっても好きなのでよく行きます。柑橘類が非常に有名なところで山の斜面がほとんどみかん畑とかレモン畑みたいになってます。
そこに上がる農道を描きました。

風韻 廣藤良樹さん

なんでもないところなんですけども、なんか惹かれるものがありまして、大木があってその麓に廃屋みたいなのがあって、すごく印象的な場所だったので描きました。


取材してる時に夕立か降りそうになりまして、湿った風がバーっと吹いてきたりとか、その風で木々が騒ついたりとかしてるので、その状況も踏まえて描こうかなと思いました。
その場に立ったような臨場感みたいなのを感じていただけたらなと思います。

天辺 王培さん

まず作品のタイトルなんですけども、天辺と言いまして天という中国でいう空という意味なんですね。
空の際というそのままの意味になるんですけども、もちろん空には際なんてないんですけども、子どもの想像力は無限大っていう意味合いでこのタイトルにしました。


取材先は中国の小学校なんですけども実は今回は中国にあんまりこだわっていなくて、広島県の呉市っていう場所がありましてそちらで小学校の芸術交流員を6年間勤めており、それから保育所をよく取材させていただきました。
今回中国で取材したものと日本で取材したものを両方あまり国というものを意識しないで、本当に子どもが持つ純粋なもの、それを表現したいなと思って描きました。

天辺 王培さん

画面に一人だけ目を開けて、空想している女の子がいるんですけども、この子が実は私が自画像のように描きまして、小さい時から好奇心が割とある方で、よく妄想したりしていて、すぐ外に出かけたくなってしまうんです。
そういう幼い頃の思い出も絵にして、そういうものを今後の製作の糧になれたらいいなと思って描きました。 

風のしらべ 村田潤治さん

今回の作品は、母親の子どもに対する愛情をテーマにうちの妻と息子をモデルに描きました。


私はこの作品を描く前までは動物をモチーフに院展にチャレンジしていたんですが、結婚して子どもが生まれたりして生活環境が変わったということを機に人物画に昨年の春の院展からチャレンジするようになりました。
最初はモチーフを変えることであったりとか、家族を描くことに対して、すごく戸惑いやちょっと不安もあり、悩んだ時期もあったんですが、今実際に絵にしてみて、今しか描けない幼い息子の姿を書き留めておけたというのは、よかったかなと思ってます。

風韻 廣藤良樹さん

後ろに描いている植物は、君が代蘭っていう植物ですごく鋭利な尖った葉に対して花は本当に美しい音色が奏でられるような美しい形の粒のような形の花がたくさん咲き誇るようなものなんですね。
その葉っぱと花の対象的な形っていうのにすごく惹かれて、人物と補整して描いたんですが、人物と母と子が歩んでいく先を何か美しい音色を奏でながら花たちが俯いてくれてるようなそんな雰囲気が描けたらいいなと思いながら、描いた作品です。

歳月が創る 河野哲也さん

広島県の最南の廿日市市に住んでいます。
宮島の対岸に住んでおります。後期高齢者も四年目に突入しております。
大学を出て地盤の自動車メーカーで車の研究開発を定年までやってます。
根っからの技術屋です。
そういうことをしてまして、このまま人生終わってもいいのかなと、もっと好きなことがあったはずだと。
それから、カルチャーセンターに通い始めて日本画を学びました。現在もやっております。

歳月が創る 河野哲也さん

で、描きましたのは、私が住んでいる正面にある宮島の千畳閣です。
厳島神社のすぐ隣、ちょっと小高いところにある木造の建造物で、これは、1587年豊臣秀吉が命で作らせた経堂なんですが、建造の途中に秀吉が亡くなってそのまま未完成で現在まで四百数十年至ってるという建物なんです。天井もなければ扉もない、それで風が吹けば雨が吹けば中に降る。
そういう雨風にさらされそのまま現在に至る建物です。
よく補修されています。
ですが四百数十年経ちますと流石に木ですから、やはり傷んできます。その傷み方が非常に私心惹かれるんです。
床そのものも当時の板なんです。
それが、非常に面白い形をして、その時が創り出した姿というのは、本当に惹かれて、何度となく通いながら板一枚一枚スケッチしながら心通わせています。
というようなものでごさいます。


 

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